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中津を代表する観光スポットといえばココ!

早いもので、もうすぐ6月ですね (*^^*)

6月といえば「梅雨」

平年だと九州北部地方は6月5日頃が梅雨入りなので、もしかしたら来週末くらいには発表されているかもしれません。


もともと雨の日は嫌いではない私ですが、ジメジメとした気候が続くと、さすがにテンションも下がり気味になります ( ̄∇ ̄;)


でも、そんな時こそ元気を出して、皆様に魅力的な話題をお届けしていきますね (^∇^d)




それでは本題に入ります!



今回ご紹介させていただくのはコチラ! ↓



そう!

中津を代表する観光スポット『青の洞門』です v( ̄∇ ̄)





奇峰奇岩が連なる名勝『競秀峰』(きょうしゅうほう)


秋の紅葉スポットとして有名ですが、新緑が眩しい今の季節もオススメなんですよ♪ (^∇^d)



この競秀峰を眺めるには、国道212号線沿いにある「レストハウス洞門」さんの駐車場に停めるのがベスト! ↓



目の前に大パノラマが広がるので、撮影ポイントとしてもオススメです (*^^*)


そして対岸にある青の洞門へ行くには、駐車場から「青の禅海橋」で山国川を横断できます。 ↓



個人的には、この橋の上から眺める景色が一番好きですね♪ ↓





さて、この競秀峰のすそに掘られたトンネルが『青の洞門』なんですが、そもそも何故そう呼ばれているのか、またどういった経緯で出来たのか、実は意外とご存知ない方も多いのではないでしょうか。



そこで今回は、とても興味深い「青の洞門」にまつわるお話をご紹介させていただきますね (*^^*)




まず、青の洞門が元々「手掘りで作られたトンネル」だということは皆さんご存知だと思います。



ただ、現在はご覧の通り ↓



車も通れるトンネル(一方通行)なんですが、当然これは後に拡張されたものです。


コチラの写真をご覧ください ↓



川に近いところの岩にボコボコと穴が開いた様子が分かると思いますが、このごく一部分が本来の「青の洞門」なんですよ (*^^*)



この穴を掘ったといわれる人物がコチラ ↓


禅海和尚(ぜんかいおしょう)



今では景勝地として有名な「青の洞門」。

しかし、かつてここは交通の難所として知られ、崖から転落して命を落とす人も多かったといいます。


一枚の大きな岩が断崖絶壁をなしていて、向こう側の地区に向かうには「鎖渡し」と呼ばれる難所を通るしか方法はありませんでした。

当然、足を踏み外して命を落とす人も多く困り果てていたそう。

そこに仏道修行で通りがかった禅海和尚は、多くの人々が命を落とす様を見てショックを受け、何とか助けられないかと思いトンネルを掘る決意をしました。

機械や技術もない時代、手で掘るしか方法はありません。

仏道修行者としてこの危難を取り除き、衆生救済の門を開くべく、ノミと槌(つち)をふるいはじめ、30年もの年月をかけて、ついに明和元年(1764年)にトンネルを掘り抜きました。


その長さ、実に342m。


元々この地区が「青」という地名だった事もあり、いつしかこのトンネルのことを「青の洞門」と呼ばれるようになったそうです。




詳しくはトンネル付近にある看板にも書かれています。 ↓




“おとぎ話?”と思えるような、とても信じられない話ですが、もちろんこれは実話なんですよ (*^^*)



ただ、先ほども触れた通り、手掘り部分は現在トンネル両端のほんの一部しか残されていません。 ↓






それでも、確かにその功績を見る事ができます。 ↓

※一つ一つノミを入れた跡がありますよね。


トンネル反対側の出口付近 ↓



ここには最初に開けられたという『明かり採り窓』が残されています ↓






これを掘るだけでも1年くらいかかりそう・・・( ̄∇ ̄;)




ちなみに青の洞門は、完成後に通行料金を徴収したことから、「日本で最初の有料道路」ともいわれているそうで、集めたお金は近くにある羅漢寺に寄付し、禅海和尚は88歳で亡くなるまでこの地で余生を過ごしたとの事です。



このお話は菊池寛氏の小説「恩讐の彼方に」のモチーフになっており、青の洞門&禅海和尚の半生が詳しく描かれています。


さすがに長くなるので省きますが、この話がとっても印象深くて面白いので、まだお読みになった事がない方や興味のある方は是非ご一読ください (*^^*)




最後に、青の洞門から2qほど離れた場所にある『禅海堂』に行ってきました。 ↓




※羅漢寺の参道、階段のすぐ脇あります。





ここには禅海和尚が実際に使われた「ノミ」と「槌」が安置されています。 ↓




さすがに触れることはできませんが、かなり大きくて重そう・・・ ( ̄∇ ̄;) ↓



これを約30年間一心不乱で振るい続けた禅海和尚。

想像を絶するほど過酷な重労働だったでしょうね。





青の洞門は、もちろん景色も素晴らしいですが、その一方で、むかしむかしに思いを馳せながら歩いてみるのもなかなか興味深いですよ (*^^*)





というわけで・・・



○場所はコチラ ↓




○お問い合わせはコチラまで ↓

【中津耶馬渓観光協会】

[住  所] 中津市大字島田219−2
[電話番号] 0979-64-6565 

・中津市公式観光情報サイトは⇒コチラ



皆様も機会があれば是非一度、中津を代表する観光スポット!奇峰奇岩が連なる絶景「競秀峰」&禅海和尚が30年かけて手堀りした「青の洞門」を訪れてみてはいかがでしょうか v( ̄∇ ̄)


[登録日] 2016/05/28 15:07 | 固定リンク | コメント(2)
  • ▼ コメント
  • あんな道具で掘り切ってしまうことに驚きと公の心がよく続いたなーという子持ちが沸き上がりました。
    個人的には雨がしっとりと降る中を見てみたいと思ってしまいました。
    投稿者: ポチョムキン |2016/05/29 23:09
  • ポチョムキン様コメントありがとうございます。

    青の洞門は、私が幼い頃に初めて話を聞いた時に衝撃を受け、それ以来、強く印象に残っている場所です。

    ノミと槌だけで掘り抜いたなんて、とても信じられませんよね。

    本文で少し触れましたが、菊池寛氏の小説「恩讐の彼方に」の中で、禅海和尚がなぜこの場所を訪れ、なぜ命を懸けてまで掘る決意をしたのか、そういった経緯などが興味深く描かれています。

    もちろん、小説はあくまでも実話をモチーフにした創作話なので事実とは違うでしょうが・・・読んだ後に訪れるとより楽しめると思いますよ(^^)v
    投稿者: フェリースタッフ豊田 |2016/05/30 01:00
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